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福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)65号 判決

原告

平川久雄

右訴訟代理人

八谷時彦

被告

株式会社オリジン

右代表者

埜口康博

右訴訟代理人

上田正博

主文

被告は原告に対し、金四五〇万円及びこれに対する昭和五六年一月二四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、原告が金一〇〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決及び右第一項につき仮執行宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

一  原告

1  被告は、貴金属の売買、仲介等を業とする会社であり、訴外寄森俊幸、同船木章は、その外務員として商品取引の委託勧誘にあたつていたものである。

2  寄森俊幸と船木章は、昭和五五年六月二〇日頃原告に対し「今、金の値段が上がつており、金取引をする絶好のチヤンスである。金の取引は儲かるし、決して損はさせない。元本は保証する。投資だと思つて四五〇万円預らせて頂きたい。二ヶ月後には必ず元金と利益金を届けます。」などと虚偽の事実を告げ、執拗に金の先物取引を勧誘した。

商品取引員やその従業員が一般顧客を勧誘する場合、利益についてだけでなく、損失の説明もし、損失が生じたとき委託保証金が損金に充当されること等を納得させたうえ、取引の委託をうけるべきであるのに、右寄森らは原告に利益だけの説明をし、損計算の説明を全くしなかつた。

3  原告は、昭和五五年四月一日国鉄を定年退職したものであり、先物取引の仕組みや金相場等に無知であつたため、右寄森らの説明により、金の先物取引が安全な利殖方法であるかのように誤信し、同年六月二三日同人らの勧誘に応じ、被告に四五〇万円を預託した。

4  しかし、本件金取引委託契約は、原告が寄森ら外務員から虚偽の説明をうけ、正しい契約内容を欠いていたので、契約自体成立していないというべきである。

5  仮に、右契約の成立があるとしても、被告及び右寄森らの本件勧誘行為は、商品取引法九四条に違反する違法なものであるから、その結果成立した本件委託契約も無効である。

6  仮に、右主張が認められないとしても、原告は、右寄森らの説明に基づき、元本が保証され、二ヶ月後に元金及び利益金が手に入るものと認識していたものであつて、本件委託契約は、法律行為の要素に錯誤があり、無効である。

7  仮に、右主張が認められないとしても、本件委託契約における原告の意思表示は、寄森らの虚偽の事実を前提とする勧誘に基づくものであるから、原告は被告に対し、本件訴状により詐欺を理由に取消の意思表示をする。

8  本件委託契約は、商品取引所法八条違反により無効である。

すなわち、商品取引所法八条は、先物取引をする商品市場に類似する施設の開設を禁止すると共に、そのような施設での売買を禁止しているところ、被告は、昭和五五年六月以降同年一二月までの間、東京都中央区日本橋所在の東京金属地金市場に加盟していたが、右市場は私設取引市場(ブラックマーケット)であつて、商品取引所法で規定する商品取引所ではない。

しかるに、被告は、原告の無知に乗じて、先物取引なら金一〇キログラムを四五〇万円位で取引できる旨説明し、原告に右私設市場での金地金の先物取引に関する本件委託契約を締結させたものであり、本件委託契約は商品取引所法八条に違反し、無効である。

なお、商品取引所法八条で取扱いを禁止されている商品は、同法二条二項に掲記の商品、つまり商品取引所に上場されている所謂指定商品に限らず、あらゆる商品の組織的継続的先物取引が同法条の規制下にあると解すべきである。

9  本件委託契約は、その取引実態においても、被告が原告の無知に乗じ、不当な方法によつて原告を先物取引に巻き込み、多額の損失を被らせたものであり、公序良俗に反し、無効である。

すなわち、原告は、前記寄森らの勧誘時の説明により二ヶ月後に元金と利益金が届けられるものと信じていたが、契約後一ヶ月未満の昭和五五年七月一〇日頃、被告の従業員田崎博敬から、取引に損失が出ているとして、両建てのための追加保証金四五〇万円の預託を要求されるに至つた。そして、右田崎に「約束が違うではないか、寄森らを出せ。」と抗議したが、その後寄森らは一度も原告の前に姿を現わさなかつた。

原告は、即日、右田崎に対し、追加保証金の件を拒絶すると共に、本件委託契約を解除し、残つているという預託保証金の残額二八〇万円の返還を求めた。しかし、被告は、その後も取引を継続し、結局、同年一二月に右預託金が底をついて仕舞つたというのであり、それにも拘らず、被告だけが各取引毎に高額の手数料を得た計算になつているのである。

10  以上の被告及び寄森らの本件各行為は、本件委託契約の取消原因、無効原因になるにとどまらず、民法上の不法行為を構成し、原告に対し委託保証金四五〇万円の損害を与えたものであり、被告は、同法七一五条一項によりその損害を賠償すべき義務がある。

11  よつて、原告は被告に対し、委託保証金として預託した四五〇万円、または、損害賠償として同額の金員、及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五六年一月二四日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

12  原告は、昭和五五年七月一〇日頃被告の従業員田崎博敬から、原告の取引が損勘定になり、委託保証金も同日現在二八〇万円は減少している旨告げられ、その時点で同人に対し本件委託契約を解除する意思表示をした。

よつて、被告は原告に対し、少くとも、右預託保証金の残額二八〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払義務がある。

二  被告

1  原告の主張1は認める。但し、訴外寄森らが勧誘していた商品取引は、商品取引所法にいう商品取引ではない。

2  同2、3のうち、原告が昭和五五年六月二三日被告に委託保証金四五〇万円を預託し、金地金の予約取引をはじめたこと、及びその勧誘に寄森らがあたつたことは認めるが、その余は否認する。

3  同4ないし9及び11はいずれも否認する。

4  被告は、東京金属地金市場の会員であつたものであり、同市場が商品取引所法所定の商品取引所でなかつたことは認める。

しかし、商品取引所法八条で取扱いを禁止されている商品は、同条二条二項により政令で定められた指定商品に限られており、それ以外の商品につき、私設の取引所を開設し、先物取引を行うことは、自由経済のもと、法律の関与しない私人の自由な経済活動に任されている。

何故ならば、所謂指定商品について、私設市場での先物取引を認めることは、その商品の価格形成と流通とを阻害するからであり、他方、それ以外の商品の自由な先物取引は、現実に社会経済上の必要があり、現に商社などの業者間に行われているところである。ただ、その行き過ぎが買占めなどの形で社会問題化し、顕在化している。

なお、東京金属地金市場は、昭和五六年九月一六日公布(同月二四日施行)の政令第二八二号で、商品取引所法二条二項の指定商品に金、金製品等が加えられたことに伴い、その後閉鎖されるに至つた。

このように、原被告間の本件委託契約当時、金の先物取引は、商品取引所法八条の規制外にあつたものであり、法律的に問題はなかつた。

第三  証拠〈省略〉

理由

被告が貴金属の売買、仲介等を業とする会社であること、訴外寄森俊幸、船木章が被告の外務員として金取引の委託勧誘にあたつていたこと、原告が昭和五五年六月二三日被告に対し、金の予約取引の委託保証金四五〇万円を預託したこと、その原告に対する金取引の勧誘を右寄森と船木が担当したこと、及び、当時、被告が東京金属地金市場に加盟していたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

原告は、被告の外務員寄森俊幸と船木章から勧誘された本件金取引の委託契約が不成立であること、仮にそうでないとしても、右契約に、勧誘行為の不当、要素の錯誤、詐欺、商品取引所法八条違反、公序良俗違反等の無効ないし取消原因があり、また、右寄森らの勧誘を始めとする被告側の一連の措置が民法上の不法行為を構成する旨主張し、被告はそのすべてを争うので、以下判断するに、〈証拠〉を総合すると、次のように認めることができる。

すなわち、被告は、昭和五四年一一月に設立された会社であり、肩書地に本店、福岡市博多区博多駅前に福岡支店を有すること、そして、ほか一三社の訴外会社と共に、金地金等の私設取引所である東京都中央区日本橋茅場町所在の東京金属地金市場に加盟していたこと、一方、原告は、昭和五五年四月国鉄を定年退職し、その後、訴外中央工業株式会社佐世保営業所に勤務していること、本件当時、被告福岡支店の外務員をしていた寄森俊幸と船木章は、船木が名簿によつて原告の電話番号を調べ、昭和五五年六月二〇日頃原告方を訪ね、翌二一日頃改めて二人で原告方に赴き、原告夫妻に金取引の勧誘をしたこと、その際、寄森らは、一キログラムの金の現物を持参して原告夫妻にみせたうえ、「今、金の値段が上がつており、金取引をする絶好のチャンスである。」「取扱う金の材質は純度99.9パーセント以上である」「今、金の現物価格は一キログラム四六〇万円位である。」「しかし、先物取引であれば、一キログラム四五万円の保証金で取引ができる。」「一グラム四、六〇〇円で買いを建て、二ヶ月後に四、八〇〇円になり、一グラムにつき二〇〇円上がつたとして、そのとき処分すれば、二〇〇円のうち九〇円が被告の手数料になるが、残り一一〇円は原告の利益になる。」「手数料こみで一グラムにつき二〇〇円の利益は、二ヶ月の期間をみてくれたらおすすめする。」「今、値段的に情況が良い。一グラム四、八〇〇円以下だったら自信がある。」「取引は一〇キログラムをおすすめする。」などと、二時間以上に亘つて説明したこと、原告は、それまで金取引は勿論のこと、商品取引一切の経験がなかつたところ、右寄森らの説明により、短期間であれば必ず利益が上がり、損失を被るおそれがないものとの錯覚に陥り、結局、右勧誘に応じ、二ヶ月間という口約束のもとに、同月二一日付被告との本件委託契約書類に署名押印したこと、そして、退職金を訴外三井信託銀行に定期預金していたことから、右預金を担保に委託保証金を捻出することにし、その借入手続も事実上寄森に代行して貰い、同月二三日原告の妻を同道させて、同銀行で四五〇万円を期間二ヶ月の約定で借受けたうえ、その四五〇万円を被告に預託したこと、右取引委託をとりつけた被告福岡支店では、同日午後の相場で、一グラム四、六〇〇円ないし四、七〇〇円以下でという原告の希望に添い、まず、一グラム四、五九六円で金一〇キログラム、代金四、五九六万円、手数料四五万円、総計四、六四一万円の買いを建てたのを手始めに、同年一二月二二日までの間、一〇回を超える取引をした形になつており、その都度原告に電話連絡をし、また爾後に計算書を送付する取扱いをしたが、原告は、金相場等に全く不案内であつたため、被告側のすすめをそのとおり承諾するほかなかつたこと、ところが、原告は、同年七月九日頃被告福岡支店の営業課長田崎博敬から、取引上損失が出ており、預託金も二八〇万円位に減少しているので、損失を防ぐため両建てをしたいから、追加保証金四五〇万円を預託して貰いたい旨電話連絡をうけ、翌一〇日頃直接来訪され、重ねて同趣旨の説明をうけたこと、そこで、驚いて同人に、「約束が違う。寄森らに会わせて貰いたい。」などと激しく抗議したが、取引受託後は係りが違うといつて同人らには会わせて貰えず、また、「委託契約を解約する。保証金が二八〇万円に減つているのであれば、それだけでも返還して貰いたい。」旨繰り返し申し出たが、「悔しくないですか。なんとか損を取戻さんといかんです。」などといつて、応じて貰えなかつたこと、そして、原告は、その際右田崎に「金がないから取引を打切ります。」と明言し、その後も、電話で「取引はやめた。金を返してくれ。」と申出ていたが、被告福岡支店では、追加保証金の受入れを断念しながら、その後も取引を継続したこと、被告が提出した原告関係の顧客台帳の記載による本件取引の収支は、別紙一ないし四のとおりであり、それによると、受渡月八月の金取引が同年七月二日手仕舞で二〇八万六、〇〇〇円原告の利益、受渡月九月の金取引が同年七月二八日手仕舞で一三五万九、〇〇〇円原告の損失、受渡月一〇月の金取引が同年一〇月一四日手仕舞で三五〇万円原告の損失、受渡月一二月の金取引が同年一二月二二日手仕舞で二七五万四、〇〇〇円原告の損失になつていること、しかし、右顧客の受渡台帳のうち、受渡月九月の金取引のうち、番号2の六月二七日を訂正後の七月二日中の一グラム五、〇四七円の単価、一五キログラムの売り勘定の部分と、七月九日中の単価五、二六八円、一〇キログラムの買い勘定の部分は、七月二八日の手仕舞までに記入された収支計算に含まれておらず、その計算後いずれかの時点で改めて書き加えられたものというほかなく、右手仕舞による一三五万九、〇〇〇円の損失勘定外のものであること、また、金地金等は、もと、商品取引所法二条二項の政令で定める指定商品に含まれていなかつたが、昭和五六年九月一六日公布、同月二四日施行の政令二八二号により右指定商品に加えられ、その後、商品取引所法上の商品取引所で取扱われるようになつたこと、従つて、被告が加盟していた前記東京金属地金市場も、右政令の施行後、閉鎖されるに至つたけれども、右改正政令の附則には、同政令の施行前に行われた金取引であつて、同一施設で行う当該取引の終了行為及び右施設の開設に関しては、商品市場類似施設の開設並びに同施設での取引を禁止する商品取引所法八条の規定を適用しない旨経過措置が設けられたこと、以上の各事実を認めることができ〈る〉。

しかして、被告の本件原告関係の顧客受渡台帳にある売買取引の単価、数量等が被告加盟の東京金属地金市場の立会相場で決定されたものと合致しているのかどうか、或いは、原告関係の取引で、最終的に預託保証金四五〇万円を超える損失が生じた結果(損失合計七六一万三、〇〇〇円、利益二〇八万六、〇〇〇円、差引き損失五五二万七、〇〇〇円)となつている、その損失分について、被告が東京金属地金市場に現実の債務負担行為をしたのかどうか等の点については、これらを確認するに足る証拠資料が提出されていない。

右認定したところ及び前記当事者間に争いがない事実によると、原告が被告福岡支店に本件取引の委託をした当時、金の売買やその先物取引は、商品取引所法による商品取引所の取扱商品に指定されていなかつたものであり、その意味では、同法による規制の対象外であつたと認められるけれども、まず、前記原告関係の顧客受渡台帳のうち、受渡月九月の金取引で、手仕舞による収支計算後に挿入されている、訂正後の七月二日中の一五キログラムの売り勘定の記載と、七月九日の一〇キログラムの買い勘定の記載については、真実そのような取引がなされたことに疑問があるといわなければならず、仮に、その取引があつたというのであれば、右受渡月九月の金取引は、売り買いの合計数量を一致せず、とりわけ、売りの数量が多いまま手仕舞に至つているという不可解な現象を生ずることになる。

そして、右取引を除外してみると、七月九日、一〇日の時点で、原告関係の取引に損失はなく、むしろ、受渡月八月の金取引では七月二日の手仕舞により二〇八万六、〇〇〇円の利益があり、受渡月九月の金取引でも六月二七日の段階で一八六万円の利益、その後、損失を生じ利益額が減少するものの、七月一一日の段階でも六万二、〇〇〇円の利益、同月二一日には再度一九二万二、四〇〇円の利益に回復し、七月二八日の手仕舞で一挙に一三五万九、〇〇〇円の損失に転じているのであつて、営業課長田崎が七月九日、一〇日の両日原告に対し、損失が生じている、或いは預託保証金が二八〇万円位に減少していると説明し、両建てのためと称して、追加保証金四五〇万円の預託を要求したのは、不合理とみざるを得ず、このような点は、引いて、右顧客受渡台帳の記載全体の信憑性に影響を及ぼさざるを得ないと考えられる。

のみならず、商品の先物取引がそれ自体極めて投機性の高いものであることは公知の事実であり、特に、金については、当時、商品取引所法による商品取引所の取扱商品ではなく、その集団的取引における公正な価格の決定や取引結果の実現を担保すべき確実な制度、組織もなく、また、高額な商品であるため、僅かな単価の変動により莫大な損失を生ずる危険のあるものでもあるから、このような先物取引を勧誘する外務員としては、知識、経験のない顧客に対し、取引の制度、仕組みを十分説明して納得を得なければならないと共に、いやしくも、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供するような不当な勧誘(商品取引所法九四条)をしてはならない注意義務がある、というべきである。

しかるに、前記寄森らは、右注意義務に違反して、知識、経験のない原告に対し、単純に、価格が上がつていて情況がよい、などと述べ、主として買建てを例に、二ヶ月程度で相当の利益をもたらし得るかのように説明し、そのように誤信した原告をして本件の取引委託を行わしめ、更に、営業課長田崎も、初期の段階で被告の収支計算上かなりの利益があつたにも拘らず、既に損失を生じたとして、原告に追加保証金の預託を要求し、原告がそれを拒絶し、再三爾後の取引中止を求めたのを押切つて、その後も取引を継続し、その後の取引では、価格上昇期に売り建て、下降期に買建てという損失を基調とした収支計算で、結局、当初の預託保証金を上廻る損失が生じたとして、右預託保証金四五〇万円の返還に応ぜず、原告に同額の損害を被らしめているものである。

してみると、右寄森らの本件勧誘行為及びその後営業課長田崎が原告に対してとつた措置は、全体として民法上の不法行為を構成すると認めるのが相当であり、同人らの使用者である被告は、同法七一五条により、そのため原告が被つた損害を賠償すべき責任があると解せられる。〈以下、省略〉

(田中貞和)

別紙一〜四〈省略〉

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